意味深なタイトルですが、吉田松陰先生のことについていろいろと調べ学習しているのですが、そこで、ようやく、少しつながったなと思ったのでここに備忘録としてかいておきたいと思います。
一次史料などを読んだわけではなく、ちょっとしか調べていない浅学甚だしい文章ですが、自分の思ったことを書いておくことは、ひとつ重要かなと思いました。
吉田松陰先生は、山鹿流兵学の師範であられて、山鹿流兵学とは何なのかということから調べていきました。それで、赤穂浪士討ち入りの話の忠臣蔵で有名な大石内蔵助も山鹿流兵学を学んでいたとのことです。
山鹿流兵学の祖、山鹿素行さんは朱子学などの「学問が実際の日常活用と離れているのではないか」ということを思っていたそうです。
そして、武士は単なる武力の使い手ではなく、農工商の規範となる「人としての道を世に示す存在である」と考えたそうです。
ここで重要だと思ったことは、「知識・学問が日常活用される必要がある」ことと、「人としての道を世に示す存在である」ということです。
当時の朱子学は知識だけで実際の役には立っていなかったのではないか。
(私が受けた頃の学校教育も似たような事情の感じで日常の役に立ちませんでしたが)
そして、吉田松陰先生は、孟子のことも獄中で講義されるなどしておられたということで、遅ればせながら、私も、孟子を読み始めました。
まだ半分も読んでいませんが、孟子には仁政の話がよく出てきます。もしかしたら、上の者が仁政で政治を行なうことが大切なのだと深く思ったのかもしれません。そこで、山鹿流兵学ということで、得た知識を活かして仁徳のある国政を行うように活動されたのかもしれないなと思いました。そして、もっと素晴らしい国にするために、海外渡航で見聞を広めたり、仁政をおこなえる国作りなどを考えたのかもしれないな、と思いました。
吉田松陰先生は陽明学も学んだといわれていますが、基礎にあったのは山鹿流兵学だったのではないかと思っています。それがゆえに、同じ学問をしていた、肥後藩士、宮部鼎蔵さんとも交流を深めていたというのがあると思います。
山鹿素行さんが書いた『山鹿語類』というのをAIで調べてみました。
そこには、
武士は「人としての道」を最も深く理解し、それを世に示すために存在する者である。
武士が学ぶべきは、ただの兵法ではなく、人としての在り方である。
何が正しく、何が誤りか。
どう生きるべきか。
これを明らかにすることが先である。
と書いてありました。
だから、山鹿素行さんの本を読み諸国をめぐった吉田松陰先生は、
「どう生きるべきか」を常に考えていて、
諸国遊学、黒船密航企図、獄中生活、松下村塾と過ごしたのではないかと個人的には思います。
吉田松陰先生は過激な一面がよく取り出されていますが、その学んだところを見ていくと、孟子で仁義の大切さを学び、山鹿流兵学で学問は実際に活用なされなければならないと、学んだことを実行するという思想であるので、おかしな世の中だったので、過激な行動はやむにやまれなかった、ということだったのではないかと思います。
自分は精神障害になりましたが、ストレス過多でおかしくなるのは、やむにやまれなかったのだと理解しています。ストレス過多で脳に異常が出て過激な行動に出ると警察に保護され入院。ストレスを内部処理すると、肉体が症状になる。その取り扱い方法は誰も教えてくれない。
やむにやまれない。
幕末の志士のようなタフさがあれば、精神障害になることもなかったかなと思っており、いまさらながら幕末の志士に学ぶことをしておるわけです。
自分にもできることはあるはず。
そして、それはすでに見つけているのです。
あとは、それを実行していくだけです。
大丈夫。過激なことにはならないと思います。
私は吉田松陰先生ではありませんから。
いろいろ学ばさせて頂き感謝しております。
2026/04/20 15:58:16 キクシェル

コメント