今年の秋は、予定をみる限り、かなり忙しくなってくる感じがしています。
それはうれしい忙しさです。
というのも、自分のやりたいことや、好きなことで埋め尽くされたような忙しさだからです。
やりたいことや好きなことで埋め尽くされているというか、淡々と出てきたことに対して進路選択を自分の主体的な判断で舵を取れているという感覚があるので、自分の決めた進路に責任が持てています。
これは、かつては従属的に過ごしている事や、精神障がい者として生きることを余儀なくされて、自分の人生の主導権をなかなか持てなかったことに関係していることかもしれません。
今まで忙しいというのが嫌いだったのは、自分がやりたいことや、好きなことじゃないことで忙しかったからなのではないかというのが関係しているかなと思います。選んだ後、こっちじゃなかったと思ったこともありますが、破綻するまで続けるということをしていました。そういう意味では自分の選択に融通が利きにくい部分があるかもしれませんが、本当に嫌な場合は断ることもできます。
現在、嫌いなことで埋め尽くされる人生は回避されています。苦手なことはありますし、やりたいことや達成したいことをするために通る嫌いなことや面倒くさいことはあります。
ですが、向かっている場所が自分がいいなと思っていることや面白そうだなということ、誰かの役に立つかも、という方向に向かっているので・・・・・・こっちでいいかなと。
おもしろくなってきた。
これから、どんどん明るい未来に向かっていく。
戦後80年という事で、戦争の悲惨さや、最近の戦争の危機などについての報道もあるようですが、悲惨さばかりではなく、明るい未来を描くような報道があればいいなと思います。
TVの報道のアップダウンの激しい番組構成のテンションにはついていけませんから、TVは見ていませんが、戦争がなくなればいいと思っている一人ではあります。
ただ、現状攻めてくる相手がいるという危機下では、武装もやむをえないことかなと思うところではあります。
戦争になって削られるのは社会福祉だろうなというのはだいたいわかっていますから。
特に高齢福祉や障害者福祉などは確実に削られるでしょう。
戦争は障がい者にとっても無関係ではいられない危機です。
障がい者にとって戦う武器があるとすれば、発信すること。伝えること。書き記すこと。作品を作ること。
そういうことかなと思います。
精神障がい者より、殺し合いをするようにしむける人たちの方が頭おかしいんじゃないかと思うのは私だけでしょうか。
良識ある国民や障がい者や弱者を見捨てない政治を回復することをのぞみます。
キクシェルの戦後80年談話を終了したいと思います。
2025/08/15 20:52:32 キクシェル
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