ゲンダイはサイパウに連れられて、一室に入った。中には、オレンジ色の襟のついた黒い僧衣のような服を着た丸坊主の男が立っていた。
歳は50歳、60歳だろうか。透きとおった水晶の数珠らしきものを手に持っている。
「クナルラ老師、ゲンダイが書庫で梯子から落ちて頭を打ちました」
クナルラ老師は、右の掌を上に向けて、ゲンダイとサイパウに座布団の上に座るよう促した。クナルラ老師は、ゲンダイが座ると頭の傷を見た。
「外傷は打撲傷だけのようだのう」
「クナルラ老師、ゲンダイは記憶がおかしくなっているみたいです。名前とか、選抜試験のこととか忘れているみたいで」
サイパウはクナルラ老師に心配そうに告げた。
「オレは、あなたたちのことはまったく知らない。会ったこともない」
ゲンダイは、自分の住んでいるところや、学校の話、地域の話、家族の話などをした。クナルラ老師はじっとゲンダイの目を見たあと、身体などを手でポンポンと叩いていった。
「おそらく、異世界転移であろう。わしも目にするのは初めてだのう」
「異世界転移?」
ゲンダイはアニメなどでよくあるあれかと思ったが、にわかに信じられなかった。
「クナルラさん、オレは元の世界に戻れるのですか?」
「それは、わからぬのう。私は異世界転移にこのたび初めて遭遇しておる。だが、異世界転移が起こったということはもう一度起こる可能性はあるのではないかのう」
クナルラ老師は腕を組み、部屋の奥の金色の祭壇の方にゆっくりと歩きながら、ゲンダイに言った。
「どうやって、元の世界に戻ればいいのですか?」
ゲンダイは、身を乗り出してクナルラ老師を見た。
「お前は、自分で考えられぬのか。自分の課題は自分で解決するのがシャカイの教えであろう」
クナルラ老師は厳しい顔をした。
「ゲンダイ。異世界転移について考えるのはやめて、このシャカシャ寺院でシャカイの教えを学びなさい。そうすれば、この世界でしあわせになることができる」
ゲンダイはがっくりとうつむいた。
「ゲンダイ。大丈夫だよ。オレがついてるじゃん」
サイパウはゲンダイの肩を持って揺さぶった。ゲンダイはその手のぬくもりが方に伝わるのを感じて少し安心した。
「2人とも、明日は選抜試験であろう。もう、宿舎に帰って明日の準備をしなさい」
2人は立ち上がり、クナルラ老師の居室を出た。
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