大平家は大広間に集まって、家族団らんをしていた。
大黒柱の権蔵がのしのしと歩いてきて、上座にドスンと座ると、家族は権蔵の方を見た。
「夏菜、お茶くみはいいから座りなさい」
長女の夏菜は、湯飲みを権蔵の前に置くと、下座に座った。
「今日は、真剣に人類のことを考えようと思う」
権蔵は亮樹の方に目をやった。
「亮樹、何か意見を持っているか?大学も3年、お前もそろそろ人類に貢献する時期だろう」
亮樹は頭をかいた。
「そうだなぁ。おやじが何を言わんとしているかはわからないけど、人間同士で殺し合いするのが我慢ならないってことでいいのかな」
権蔵は少しにこりとして頷いた。
「さすがは大学3年ともなると、言わずとも私の考えていることがわかるのだな。そこで、人間を殺さない方法を考えたい」
亮樹は少し間をおいた後、
「でも、人間を殺してるのは人間だけじゃない。一番、人間を殺しているのは蚊なんだって」
「なんだと!!」
権蔵は怒りの表情に変わって机を叩いた。
「まあまあ、お父さん、落ち着いて」
良妻の美香が権蔵をなだめた。
「蚊に人間はやられているのか!それは、一大事だ!こうしてはおれん」
権蔵は立ち上がった。
「今から、全力でこの世界の蚊を退治する。手始めに公園の森に巣食う蚊を根こそぎ絶滅させる。わが大平家は代々武将に仕え、日本を守ってきた。蚊にかまれたものは死んだものとし、この家に帰ってくることは許さん」
家族は、うんざりした顔をした。
「父さんの世界を救う話が、また、始まったわ・・・・」
長女と次女のかおるはテーブルの上を片づけ始めた。
「亮樹、戦闘服に着替えよ。夜の公園へ行き、蚊に夜襲を仕掛ける。公園の周りに蚊取り線香を焚いていけ。後詰めは夏菜、かおる。殺虫剤をもって突撃せよ。いいか、セーラー服なんかではいかんぞ。
美香とオレは遊軍として亮樹の後から最新の殺虫剤を大量に購入してから現場に急行する。それぞれの情報はLINEで状況を連絡するように」
権蔵は大きく手を叩いた。
「みんな!健闘を祈る」
美香が権蔵の腕を見ている。
「どうした美香?」
「あなたそれは?」
権蔵が腕を見ると、蚊が一匹止まっていて、スッとそこから飛び立った。
権蔵は蚊の行方を見ながら、膝から崩れ落ちた。
「ま、負けた。勝敗とは、かくも残酷か。あ・・・後のことは頼んだぞ・・・・・・」
権蔵は膝をつき、肩をふるわせた。
「オレたちは蚊には勝てなかった・・・・・・」
亮樹は頭をかいた。
「父さん、勉強あるんで、2階に行くね。今日もありがとう。楽しかったよ」
そういうと、亮樹はスタスタと廊下を歩いて行った。
「私たちも、SNSやるから、じゃあね父さん」
夏菜とかおるも部屋の方へ歩いて行った。
美香は一人ぽつんと上座に膝をついている権蔵の側に寄った。
「美香・・・・・・こんな世界を救えない俺でもいいのか?辛くないか?」
美香は膝をついて泣いている権蔵の肩を優しくなでた。
「蚊に刺されたぐらいで何で弱気なこと言うのですか?いいのよあなたのままで」
美香は笑顔で言った。
「たとえ、あなたが蚊に刺されたって、私はあなたのことを嫌ったりしないですよ」
美香は、権蔵の腕の赤い腫れを指でさすった。
「もう、秋ですねぇ。今年はいろいろありましたね」
窓の外には一番星が青暗くなった空に輝いていた。
2024/11/14 18:45:16 キクシェル
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