(SS)長寿の原人

旅人がその村に着いたのは昼過ぎだった。
暑い日差しが照りつけ、ツクツクボウシの鳴き声がハーモニーを奏でている。
旅人は湧き水を水筒に入れ、ごくごくと流し込み、喉を動かした。
「おー、この辺では見かけんな。旅か」
イケメンの青年に声をかけられた。
「はい」
「こんな山奥までよく来たな。ここは暑い。ちょっと休んでいくと良い。ついてきな」
旅人は村の青年に言われるまま、ついていった。

村で一番立派な木造の建物に案内された。
「立派な家ですね。大黒柱もしっかりしてる」
旅人は柱を下から天上までなめるようにみた。かなり太く、立派な樹木だと想像できる。
「おー、わかるか。特別に育てた木だからな。樹齢1235年の杉の木でできてる」
「樹齢1235年ですか。そんなに詳しく樹齢がわかるんですか」
青年はちょっとしまったという顔をした。
「まあ、木を見ればわかるよ。ここら辺の木のことはだいたい知っているから」
「すごいですね。木にお詳しいんですね」
旅人は、感心した表情を見せた。
青年は、囲炉裏の周りに置いてあった藁で編まれたの座布団に尻をドサッと乗せた。
「なんとお呼びしたら良いですか」
旅人は向かい側に座りながら青年に尋ねた。
「ゲンジと呼んでくれ」
「私はホタルといいます」
旅人は照れくさそうに名乗った。
「ホタル。いい名だ。ホタル、君は何をしにこの村に来た」
ホタルは頭をかきながら笑顔になった。
「笑っちゃう話なんですけど、私、大学の都市伝説同好会に所属しておりまして、この村に、数千年生きている原始人がいるという噂がありまして、それを取材しに来たんです」
ゲンジは真顔のまま言った。
「その噂はどこで聞いた?」
「私の町の弁天という店のちひろママが言ってました」
「いつの時代も、女は口が軽い」
ゲンジは思ったことが口に出てしまった。
「ちひろママをご存知なんですか」
ホタルは信じられないような目をしてゲンジを見た。
「ああ、おむつをしているときから知ってるよ」
ホタルは若い青年のゲンジを見た。
「面白い冗談ですね。ゲンジさん」
ゲンジは囲炉裏にかけてあったヤカンからお湯を湯飲みに注いだ。
「ゲンジさんはお仕事はしてるんですか?」
ホタルはあまり語りたくなさそうなゲンジの姿を見て話題を変えた。
「仕事はここのところしていないね。司法試験の勉強しているよ」
「え!司法試験ですか!すごいですね!」
「憲法が変わったり、法律が変わったりして、覚えるのが大変なんだ」
「そうですよね、どれぐらい勉強されてるんですか?」
「ここ100年ぐらい勉強してるよ。多分才能ないんだろうな」
ホタルは吹き出して笑った。
「司法試験はとりあえず100年計画で攻略できなかったら多分才能ないんだよ、おれ。100年も才能ないことに使うともったいないよな」
「ゲンジさん、オモロイですね。私も大学3年で進路どうしようかと思ってます」
「就職か・・・・・・2000年持つ会社でも入りたくないな。社長が変わってシステムが変わるとまた適応するのに疲れるんだよな。一生、安定っていうけど安定した時代なんてなかったからね」
ゲンジは囲炉裏の炭を火箸で移動させた。
パチパチと音がする。
ホタルはゲンジに聞きたくなって口を開いた。
「今、彼女いるんですけど、結婚するならやっぱり仕事ないと説得力ないですよね」
ゲンジは笑った。
「ホタルの好きにしたらいいよ。二人の道は二人で決めたら良いし。要はしあわせで豊かな生活ができれば良いんだろ。最低限、動物の狩り方や植物の見分け方がわかってれば大丈夫だ。最近は町の人たちが電子マネーという便利な道具を使ってるから勉強してるけど、よくわからないよな」
ホタルは論点がずれたと思った。
「ゲンジさんは彼女はいるんですか?」
「かつては何人もいたんだ」
ゲンジは火箸で炭をつつきながら言った
「でも、みんな死んでしまった」
ゲンジは炭の方一点をみている。
「ごめんなさい、つらいことを思い出させて」
ホタルは慌ててフォローした。
「ホタル。君も伴侶ができたらわかるかもしれない。大切な人に先立たれるのは何よりもつらいことだ。今、一緒にいる時間を大切にした方がいいよ」
ホタルも、パチパチと音をたてている赤い炭をじっと見た。
彼女とケンカばかりしていた日々が思い出される。
「ゲンジさん。今日はこれで失礼します」
「噂の原人のことはいいのか」
「ええ。そんなことより、大切なことに気づきました。彼女といられる時間を大切にしたいと」
「そうか。それもいいだろう」
ゲンジはゆっくりと火箸を灰に差した。
「ホタル。今日、君に会えてこうして話せた時間はかけがえのないものだった。5000年の人生の中でもとても充実した1日のひとつだったよ。ありがとう。ホタル」
ホタルは笑った。
「ゲンジさんって、本当に面白いですよね。また来ますね。今度は彼女を連れて」
ゲンジはにこりと笑った。

2024/09/27 20:05:40 キクシェル

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