においまんじゅう
そのまんじゅう屋を見つけたのは、営業契約がとれないの午後のことだった。
「田舎ってのはどうしてこうも食いつきがわるいのかね」
芦原幸夫は、赤いレンガの花壇に腰掛けて、固まっていた首を馴らした。
(こんな人のいない地域のまんじゅう屋じゃ儲からないだろう)
芦原は休憩がてら、しばらく、まんじゅう屋を見ていて、以外にも人が出入りしていることに気づいた。
(また、まんじゅう屋に入った)
芦原は少し興味がわき、出てくる人の顔を見た。
どの人もとても活力がみなぎっている。
(不思議だ。みんな入るときより元気になって出てきている)
芦原は、気になったので、まんじゅう屋に入ってみることにした。
木でできた引き戸をガラガラと開けると、この字型になった台のガラスケースに様々なまんじゅうが並べられていた。
(見たところ普通のまんじゅう屋だが・・・・・・)
「いらっしゃいませ。お気に召したものがありましたら、ご試食できますのでおっしゃってください」
白髪交じりの細身の店主は目尻のしわが優しさがにじみ出ていた。
(丁寧な接客だ。好感が持てる。秘訣はこれか?)
芦原は営業畑で育ったので、人の表情には敏感だった。
「お客さま、お金は好きですか?」
芦原は唐突な質問に少し言葉を詰まらせた。
「お、お金ですか?」
芦原はお金が大好きだ。だから、実力がものを言う営業に入ったのだ。
自分ではできるほうだと自負している。
「お金は、まあ、好きですね」
芦原は照れながら素直に言ってみた。
「でしたら、こちらのおまんじゅうをご試食してみてください」
店主はガラスケースからひとつまんじゅうを取り出した。
(む・・・・・・このにおいは)
芦原が大好きなものだった。
ガラスケースを見ると、『バブルのにおいのするまんじゅう、現金まんじゅう』と書いてあった。
店主のすすめるままに、まんじゅうを頬張った。
現金の香りが口中に広がる。
(何たるしあわせか・・・・・・)
芦原は知らぬ間に目を閉じて現金の味をかみしめていた。
芦原が満足げにまんじゅうを食べるのを見て、店主は次のまんじゅうを取り出した。
「お気に召しましたか、では、こちらはどうですか『地価が上がるにおいのするまんじゅう、好景気予感まんじゅう』
芦原はバブル世代だ。
あの頃のワクワクするにおいがしてきた。
芦原は、貪るように食べた。
「これこれ、これだよ。この予感がわくわくするんだよ」
「では、こちらもオススメです。『金融緩和のにおいのするまんじゅう、日銀まんじゅう』」
芦原は叫んだ!
「これこれ!こっからなんだよ!」
芦原は、まんじゅうが出てくるなりもう手をのばしていた。
「なら、これでどうだ!『就職活動が上手く行くにおいのするまんじゅう、超売り手市場まんじゅう』」
芦原は、超売り手市場まんじゅうを口にほおばり、天を仰いだ。
「くー、最高にいい条件じゃないか!」
「とくれば、『海外社員旅行のにおいのするまんじゅう、業績順調まんじゅう』」
芦原はやられたーというしぐさでおでこを押さえた。
「もちろん、こちらもつけときますよ。『不動産投資のにおいのするまんじゅう、建設ラッシュまんじゅう』」
芦原は興奮して、ガラスケースの上に両手をついて、
「きたきたきた!好景気が来ましたよー!」と叫んだ!
「さらにここからが当店自慢の売上第一位、『ディスコのにおいのする紅白まんじゅう、お立ち台女王まんじゅう!ボディコンまんじゅう!」
「ひゃっほー!」
芦原は飛び上がってガラスケースの上に乗って、腰を振りながら手をヒラヒラさせた。
「そしてそして、今買えばセットでもらえる、『出会いのにおいのするまんじゅう、ディスコ周辺ナンパまんじゅう』」
「おー店主さん!あなたはとてもやさしい天主様だ!」
芦原はガラスケースから飛び降り、店主に握手を求めた。
「恋の実ったあなたには、流行第一位、『ロマンスのにおいがするまんじゅう、スキーリゾートまんじゅう』」
「やはりあなたは、ロマンスの神様だったのですね、天主様!」
芦原は舞いあがった!
芦原がおまんじゅう屋を出てきたとき、芦原は見たこともないような満面の笑顔だった。
両手にはびっしりおまんじゅうが買ってあった。
彼がクレジットカードの決済を見て、恐怖の顔になるのは家に帰ってからのことになる。
2025/02/03 13:34:45 キクシェル
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