キクシェル短編5 においまんじゅう

においまんじゅう

そのまんじゅう屋を見つけたのは、営業契約がとれないの午後のことだった。

「田舎ってのはどうしてこうも食いつきがわるいのかね」
芦原幸夫は、赤いレンガの花壇に腰掛けて、固まっていた首を馴らした。

(こんな人のいない地域のまんじゅう屋じゃ儲からないだろう)

芦原は休憩がてら、しばらく、まんじゅう屋を見ていて、以外にも人が出入りしていることに気づいた。

(また、まんじゅう屋に入った)

芦原は少し興味がわき、出てくる人の顔を見た。
どの人もとても活力がみなぎっている。

(不思議だ。みんな入るときより元気になって出てきている)

芦原は、気になったので、まんじゅう屋に入ってみることにした。

木でできた引き戸をガラガラと開けると、この字型になった台のガラスケースに様々なまんじゅうが並べられていた。

(見たところ普通のまんじゅう屋だが・・・・・・)

「いらっしゃいませ。お気に召したものがありましたら、ご試食できますのでおっしゃってください」

白髪交じりの細身の店主は目尻のしわが優しさがにじみ出ていた。

(丁寧な接客だ。好感が持てる。秘訣はこれか?)

芦原は営業畑で育ったので、人の表情には敏感だった。

「お客さま、お金は好きですか?」

芦原は唐突な質問に少し言葉を詰まらせた。

「お、お金ですか?」

芦原はお金が大好きだ。だから、実力がものを言う営業に入ったのだ。
自分ではできるほうだと自負している。

「お金は、まあ、好きですね」

芦原は照れながら素直に言ってみた。

「でしたら、こちらのおまんじゅうをご試食してみてください」

店主はガラスケースからひとつまんじゅうを取り出した。

(む・・・・・・このにおいは)

芦原が大好きなものだった。
ガラスケースを見ると、『バブルのにおいのするまんじゅう、現金まんじゅう』と書いてあった。
店主のすすめるままに、まんじゅうを頬張った。
現金の香りが口中に広がる。

(何たるしあわせか・・・・・・)

芦原は知らぬ間に目を閉じて現金の味をかみしめていた。
芦原が満足げにまんじゅうを食べるのを見て、店主は次のまんじゅうを取り出した。

「お気に召しましたか、では、こちらはどうですか『地価が上がるにおいのするまんじゅう、好景気予感まんじゅう』

芦原はバブル世代だ。
あの頃のワクワクするにおいがしてきた。
芦原は、貪るように食べた。

「これこれ、これだよ。この予感がわくわくするんだよ」

「では、こちらもオススメです。『金融緩和のにおいのするまんじゅう、日銀まんじゅう』」

芦原は叫んだ!

「これこれ!こっからなんだよ!」

芦原は、まんじゅうが出てくるなりもう手をのばしていた。

「なら、これでどうだ!『就職活動が上手く行くにおいのするまんじゅう、超売り手市場まんじゅう』」

芦原は、超売り手市場まんじゅうを口にほおばり、天を仰いだ。

「くー、最高にいい条件じゃないか!」

「とくれば、『海外社員旅行のにおいのするまんじゅう、業績順調まんじゅう』」

芦原はやられたーというしぐさでおでこを押さえた。

「もちろん、こちらもつけときますよ。『不動産投資のにおいのするまんじゅう、建設ラッシュまんじゅう』」

芦原は興奮して、ガラスケースの上に両手をついて、

「きたきたきた!好景気が来ましたよー!」と叫んだ!

「さらにここからが当店自慢の売上第一位、『ディスコのにおいのする紅白まんじゅう、お立ち台女王まんじゅう!ボディコンまんじゅう!」

「ひゃっほー!」

芦原は飛び上がってガラスケースの上に乗って、腰を振りながら手をヒラヒラさせた。

「そしてそして、今買えばセットでもらえる、『出会いのにおいのするまんじゅう、ディスコ周辺ナンパまんじゅう』」

「おー店主さん!あなたはとてもやさしい天主様だ!」

芦原はガラスケースから飛び降り、店主に握手を求めた。

「恋の実ったあなたには、流行第一位、『ロマンスのにおいがするまんじゅう、スキーリゾートまんじゅう』」

「やはりあなたは、ロマンスの神様だったのですね、天主様!」

芦原は舞いあがった!

芦原がおまんじゅう屋を出てきたとき、芦原は見たこともないような満面の笑顔だった。
両手にはびっしりおまんじゅうが買ってあった。

彼がクレジットカードの決済を見て、恐怖の顔になるのは家に帰ってからのことになる。

2025/02/03 13:34:45 キクシェル

コメント

タイトルとURLをコピーしました