安心してしぶとく生きる(しぶとく生きる孫子①)

皆さんは、負けない構造を作り続けていますか?

安心してしぶとく生きるための戦略本として、
数ヶ月前、『しぶとく生きる孫子』というのをAIと書き上げました。

精神障がい者が、今の世の中で安心してしぶとく生きるためには、
やはり、『抜粋妙法蓮華経』だけでは不十分かなと思いました。

世界情勢をYoutubeなどで見聞きするにあたり、事態はそれほど深刻であるように思います。

今回は、『しぶとく生きる孫子』の最初について考えていきたいと思います。

皆さんは行動する前に何をしますか?

色々と考えたり準備することがあると思います。

私も、『小さな畑のある創作活動と自助会ができる学びの場』を作るという夢がありますので、
それに向けて考えていきたいと思います。

『しぶとく生きる孫子』の最初はこのように始まります。

「行動する前に条件を整えよ」
「勝てる設計を作ってから動け」
「勝とうとするな、負けない構造を作り続けよ」

精神障がい者にとっての負けとは何かということになりますが、
自分にとっては再発でしょうね。
つまり、『再発しない設計を作れ』ということになります。

そして、5つの基本事項があります。
「道」「天」「地」「将」「法」です。

私の場合、「道」とは、菩薩道ということになります。なるべく仏に近づく道です。
仏は必ず救いをもたらしてくれるでしょう。
自分の歩むべき道は何なのか。
皆さんもよく考えてみてください。

ここでいう、「天」とは、季節による体調変化や自分の人生のバイオリズムのことです。
季節による体調変化や人生バイオリズム的に無理を避けるということが、再発しない設計となります。

ここでいう、「地」とは、距離の遠近、環境の居心地のよさや安心感といった、環境が有利か不利かです。いわば、安全な環境か危険な環境かを区別し、事前に把握することが再発しない設計となります。

ここでいう、「将」とは、智力、誠実さ、思いやり、勇気、厳格さといった自分や支援者の能力のことです。
再発しない設計とは、自分に智力、誠実さ、思いやり、勇気、厳格さをもつこと。
基本的には誠実に思いやりを持って接し、尊重し合う人間としておかしなことをする人とは縁を切る勇気があれば、そうすれば、自ずと、自分に合う人が残るという原則です。

ここでいう、「法」とは、障がい者雇用制度、医療福祉制度、人間としてのルールです。
再発しない設計とは、人間としてのルールの中において、支援者とのチームワークを行い支援態勢を有効に使うこと。

『負けない、再発しない十計』

・自分が納得しているか?
・支援者との連携がとれているか?
・天の利・地の利はあるか?
・障がい者雇用制度、福祉制度、その他の諸制度についてどこまで知っているか?
・生活力、経済力、体力などは十分か?
・社会的な常識は訓練されているか?
・今後も持続して生活していける収入か?
・今の自分に判断力がある状態か?
・タイミングと環境が整っているか?
・生活の仕組みが機能しているか?

私事になりますが、

『小さな畑のある創作活動と自助会ができる学びの場』を作るという夢については納得しています。
支援者には夢は伝えています。
天の利、地の利に関しては、まだ検討の余地がありそうです。
障がい者雇用制度・福祉制度・その他の諸制度については、わからない部分は多いです。
そういうことを自助会で学んだりできたらいいかなとは思います。
生活力、経済力、体力については、少々不安があります。ここも検討の余地があります。
常識はかつてよりはあるかなと思います。
収入については難があります。
判断力は、そこそこといったところでしょうか。
タイミングと環境は、そろそろってところかなと思いますが、
支援者や家族の意見をかんがえると厄介かなと。
現状は機能しているが、将来的なことを考えたら、かなり不安がある状態ではある。

この条件がすべて整うことはまずないなというところです。
そこで、次善の策が出てくるわけです。

成否を考える五計

準備・想定・対策を十分に行う。
見通しの甘さを排除する。
状況に応じて柔軟に戦い方を変える。
無理なときは無理と認め、退く判断をする。
勝てる状態を整えてから行動する。

『小さな畑のある創作活動と自助会ができる学びの場』というのが夢としてあります。

準備としては小さな畑。創作活動の場、自助会の場、学びの場。の用意が必要となります。
書いていて思ったのですが、実家には小さな畑がある。まだ耕していないが、1m四方の小さな畑を冬から耕す予定である。創作活動も基本デジタルなのでネット空間でできる。最近は創作活動のサークル的動きを始めている。自助会も月1市民活動支援センターを借りてしている。学びの場としても機能している。

そう考えたときに、『私の夢はすでに実現されているのではないか』という気づきです。

全部が同じ場で行われているわけではないですが、その機能はすべて満たしている。
再発もしていないし、生活もできている。つまり、現状ですでに負けていない。
『私の夢は実現されていたのだ』という気づきです。

これ以上、欲を出す必要もないのかなと思いました。
それが、私の道、菩薩道のいうところかもしれません。

ただ、変化しないものはない。
この時代、この日本、この地域、大きな変動があったときには、また進退を考えるときもあるでしょう。
そのときも、安心してしぶとく生きることは大切にしたいと思います。

2026/10/14 1:56:56 キクシェル

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