伊指原梅安(いさしはらばいあん)は、その日、彰子に会うため、栄都の市街地の関所付近に出かけていた。
今日も、彰子はこの辺りでは有名な美女で、明るく、溌剌とした笑顔で、茶屋で働いていた。
「梅安様、よう来てくださいました。今日は町の外でお仕事ですか?」
「うむ」
梅安は、茶屋の椅子に腰掛け、お茶を手に取った。
「彰子どの、長珠藩の者はこなかったかね?」
「海藤さんという方が来られました」
「海藤・・・・・・しらんな」
梅安はお茶をすすった。
「どんな様子だったかかね?」
「背はあまり高くなかったように思います。あまり特徴のある方ではありませんでした」
(新しい、密偵か・・・・・・)
「その男、よく来るのかね?」
「たまにいらっしゃいますね。なんでも、ここのみたらし団子がお好きだとかで」
彰子はみたらし団子を梅安に持ってきた。
「みたらし団子ねぇ・・・・・・」
彰子は辺りを見まわして、人がいないのを確認して、
「梅安様、長珠藩士の集まる場所なら、旅籠の織部(おりべ)ですよ」
「まことかね。どうしてその情報を私に教えるのかね?聞いてもおらんのに」
梅安は、彰子を見ると、涙目になっていた。
「わたくし、梅安様の役に立てればいいと思って」
梅安は、みたらし団子にかじりつき、モグモグとかんだ。
「長珠の者が旅籠に集まるのは、今夜の話かね」
「わたくしが聞いた話では、定宿にしていると」
「なるほど」
梅安はみたらし団子を流し込むようにお茶を飲んだ。
「もう、行かれるので?」
「ああ、急ぎ対処せねば」
梅安は立ち上がり、感謝の言葉をのべ、城下の方に消えていった。
彰子が湯飲みや食器を片づけていると、男がやってきた。
「彰子さん、久しいのう」
背丈の小さい侍が声をかけた。
「あら、野代(のしろ)さん。お久しゅうございますね」
野代は椅子に腰掛け、お茶を受け取った。
「何か情報はないか?」
「近く、旅籠織部に捕物が入るみたいですよ」
「なるほど、よく知らせてくれた」
「他には?」
「伊指原梅安というのが幕府の密偵です」
野代はお茶を飲み、謝礼を払った。
「彰子さん、今日は夜の予定は?」
「今日は遠慮しておきます」
野代は残念そうな顔をして、江戸の市街地の方へ消えていった。
2026/05/09 20:20:06 キクシェル

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