丙午の年、丁丑の日に思う

丙午の年、丁丑の日に、一つ種がまかれました。

私は、『安心してしぶとく生きる』というテーマで、これまで学んできたことを統合していきたいと思っています。

神仏が私の中に内在していると思いますので、私は、自らもまた神仏であることを知り、あきらめずにしぶとく生きていくことの大切さを説こうと思います。

神仏はいつも皆さんを見守っています。それを感じられないときもあるかもしれませんが、必ず見守っています。だから、私たちは、安心してしぶとく生きて、潮目が変わるのを待ちましょう。

神仏の光は必ずあるし、一見、隠れていても必ずあります。

来年より、新しい試みをします。

今はその準備期間となります。私はもっともっと勉強する必要があるようです。
それは、苦ではなく、進んでするものです。

それは、一つは慈悲を実践する際に、学びが必要であるということ。

もう一つは、しぶとく生きるには、学びが必要であること。

そして、安心してしぶとく生きることを伝えるには学びが必要であること。

そういったことになります。

ですから、私は、まだまだ学んでいこうと思います。

何をするかについてはまた、追々伝えていきたいと思います。

2026/10/30 23:31:15 キクシェル

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